観念性サイコパス  第一話 制服と私服




 ここはシビュラシステムが統治する日本。
 日々、シビュラの顔色を窺いストレスケアに努めなければドミネーターでぶちのめされる物騒な国。
 そんな国にも束の間の安らぎを味わえる一軒のスナックが存在した。



 スナック『璃彩』



 カランカラン。
 ドアベルを響かせながらスナックの店内に六合塚弥生は入っていった。
「まだ早いですか?」
「大丈夫よ。もう他のお客さんも来ているし」
 店のママである青柳璃彩はカウンターを拭きながら弥生を笑顔で迎え入れる。
「今日は現場直帰で早かったのでたまには一杯飲みたいなと思って」
 弥生は話しながらカウンター席に黒いスーツの上着を脱ぎながら腰掛けた。
「久しぶりにママの顔も見たかったし」
 涼しそうな顔で璃彩を見つめながら言う弥生は相変わらず天然タラシっぷり全開であった。
「いつものね」
 璃彩は手際良くカウンターの中から弥生の前にコースターを置き酒をグラスに注いでいく。
「ねぇ、志恩とは上手くいっているの?」
「どうしてですか?」
 特に問題に思っていなかったことを不意に訊かれ、弥生は璃彩に質問返しをしてしまう。
「うん、このところここによく来るから」
「志恩ひとりで、ですか?」
「いえ、ひとりではなくて……」
 璃彩が言いにくそうに言葉を濁した時、カランカランと再びドアベルが店内に響いた。
「ホント、ホント。そしたらGを見た弥生がなんて言ったと思う」
「さぁ?」
 唐之杜志恩と狡噛慎也がドアを開け入り口で談笑している。
「『きゃー、こないでー!』よ」
 声色まで再現しながら志恩は狡噛に向かって楽しそうに喋っていた。
「あっ、わ……わりぃ。俺、用事を思い出した。帰るわ」
 店内からおぞましい殺気を感じた狡噛はさっさとずらかった。
 つれないわね、という表情を浮かべ店内に入った志恩は弥生と目が合った。
「あら、弥生じゃない」
 平然と弥生の隣に座る志恩。
「随分と楽しそうだったわね」
 普段は感情を表に出さない弥生でもさすがに不機嫌が隠せないでいた。
「んふふ、弥生ってばご機嫌斜めね。もしかして妬いてくれてるの?」
「そうじゃない。あたしの話をして笑っていたでしょ」
「えー、妬いてくれてたんじゃないの?」
 不満そうに唇を尖らせ志恩は言葉を続ける。
「慎也くんにいかに弥生が可愛いかって自慢をしていただけよ。ねぇ、弥生、不機嫌の理由は本当にそれ?」
 含みを持たせ微笑み、一呼吸置いてから志恩は言葉を続ける。
「さっきの殺気、私じゃなく慎也くんに向いていたわよねぇ。 あらやだ。さっきの殺気って親父ギャグみたいになっちゃったわ」
 楽しそうに話す志恩に対し弥生は押し黙ってしまう。
「やっぱり妬いてくれてるんじゃない。やーん、可愛いわぁ」
「痴話喧嘩かノロケか分からないけど、他のお客さんもいるからそのへんにしておいてね」
 璃彩は注文を聞かずに酒を注いだグラスを志恩の前に置く。
「ねぇ、志恩。ママからさっき聞いたんだけど、ここによく来てるって?」
「そうねぇ、それなりに来ているかしら」
「どれくらい?」
「んー」
 志恩は顎に人差指を当て考える振りをしてから答えた。
「週に七日くらい?」
 弥生は口にした酒を噴き出しそうになる。
「それって毎日じゃない!?……っていうかママ、定休日なしなの?」
「そうなの。最近めっきり景気が悪くて休んでいられないのよ。だから志恩のように日参してくれるお客さんは大歓迎よ」
 璃彩の言葉に褒められた子供のように嬉しそうに微笑む志恩。だが弥生の不機嫌はまだ治まっていない。
「そんなに毎日、誰と来てるのよ?」
「誰って、色々かしら。慎也くんの時もあればマサさんだったり、シュウくんも。 朱ちゃんなんてああ見えて意外とお酒強いのよ。宜野座くんは誘っても来てくれないのよね」
 弥生の不機嫌がヒートアップしていく。
「どうして弥生ちゃんを誘ってあげないの?」
 訊きたいけど言えず黙り込んでしまった弥生を察した璃彩が助け舟を出す。
「弥生は誘いたくないの」
「どうしてなの?」
 怒っているのか哀しんでいるのか複雑な表情で弥生は志恩を見ながら質問する。
「だって弥生とお酒飲んだら、その後の楽しみがなくなるのよ。 ママも知ってるでしょ?弥生はお酒飲んだらすぐ寝ちゃうんだもの。 しかもお酒入った状態で寝たらいくら触っても舐めてもうんともすんとも言ってくれないのよ。 そんなのつまらないでしょ。 でもひとりでお酒飲むのも寂しいし。だから他の人を誘うのよ。 後は、弥生が妬いてくれるのが嬉しいから、かしら」
「やっぱりノロケるのね」
 訊くんじゃなかった、と璃彩は後悔する。
「いいじゃない。お店には貢献しているんだから」
「はいはい、そうですね。ありがとうございます。それとご馳走様。ノロケはもうお腹一杯よ」
 璃彩はうんざりという顔をして見せる。
「ところで志恩。どうしてスナックに来る時までその格好なの?」
 程よくアルコールが体内に回ってきた弥生は怪しくなった呂律で指摘する。志恩はいつもの白衣を纏ったままだった。
「そうなのよ。私もどうかと思うわ」
 志恩自身も力強く頷く。
「でもね、仕方ないのよ。これしか衣装がないの。 オシャレ設定のはずなのに。ホロで簡単にボタンひとつで着替えられるはずなのに。 だけども一度も衣装が替わったことがないのよ。 弥生はいいじゃない。制服がスーツだからスナックに来ても仕事帰りのリーマン風に見えて。 私も白衣は制服みたいなものだけど中の衣装は私服よ。なのにいつも一緒。 二期になって1年半も経過したにもかかわらず服が一緒って酷くない? 本当に私ってオシャレなのかしら?」
 志恩は捲くし立てるとやってられないとばかりにグラスの酒を一気に流し込んだ。
「白衣でスナックに来るなんて見ている方が恥ずかしいから新聞紙で隠せ、とか言わないでよね」
 自分でツッコミを先に入れて防御しておく志恩。
「まぁ大人の事情ってやつでしょ。他のアニメでもよくあることよ」
 璃彩は志恩を慰める。
「あぁ、そういえば私、違う格好の時あったわ」
 志恩は思い出したとばかりに話を続ける。
「全裸だったわ」
「それ、服ないし」
 ガクッとしながら璃彩がツッコミを入れる。
「後は白衣は着たままパンスト脱いでいたり」
「なにそれ。裸エプロンならぬ、裸白衣?」
「違うわよ。白衣の下に服は着たままでパンスト脱いで弥生とセックスしていただけよ」
「……」
「あっ、でも裸白衣って面白そう。今度してみようかしら」
「いや、それただの変態にしか見えない気がするけど」
 璃彩の脳裏に露出狂が全裸でコートを羽織りにやにやと笑いながら前を全開に広げている姿が浮かぶる。
 漫才のような璃彩と志恩のやりとりを子守唄に酒の入った弥生はすっかりカウンターに突っ伏し眠り込んでいた。
 そんな三人の様子を薄暗い後ろのボックス席から恨めしそうに眺めている影があった。



 眠ってしまった弥生を担ぎ志恩が店を出た後、影はカウンター席へ移動してきた。
「はー。どうしたら弥生さんにもっと近づけるんだろう」
 影の正体である霜月美佳は先程まで弥生が座っていた席に腰掛けため息を吐く。
 弥生の天然タラシの毒牙に掛かった美佳はグラスに注がれた酒を一口飲み愚痴を続ける。
「もっと傍にいきたい……恋人になりたい……っていうか今すぐにでも抱いて」
 酒に酔っている所為もあるのかないのか美佳の言葉は大胆だった。璃彩は呆れ気味に聞いている。
「それは、ちょっと難しいんじゃないかしら」
 璃彩の声が聞こえていないのか、美佳は自分の話を続けていく。
「ママ、聞いてくださいよー。弥生さん、私が学生の頃は優しくしてくれたんですよ」
 その時の光景を思い浮かべているのかうっとりとした表情で美佳は話を続ける。
「泣いていた私をすっごく優しく抱きしめて慰めてくれたんですよ」
 美佳の表情が一転し再び影を落とす。
「なのに公安に入って同じ職場になれたと思ったら、微妙な距離を取ってよそ見しながら適当に頭を撫でるだけになったんです。 ……ええ、それでも嬉しかったですよ」
 何も訊いていないのにひとりで返事をし美佳は話を続けていく。再びため息を吐き酒を口にした。
「近付けば遠のいていく感じで……もどかしい」
 もしかして遊ばれているだけでは?と思ったが璃彩は口にしなかった。 弥生は天然タラシなだけで案外何も考えていないだけかもしれない、と思い直した。
「弥生さん、若い子の方が好きなのかなぁ?」
 それはないわ、と璃彩は心の中で否定する。年上の志恩とラブラブなのだから。
「学生時代の私の方が魅力あったのかなぁ?」
「さぁ、どうかしら」
 璃彩が返事をしてあげるがやはり美佳は聞いていない。
「そっか、弥生さんセーラー服が好きなんだ。そうよ。そうに違いない」
「え?」
「あの時の私にあって今の私にないもの。セーラー服よ」
「いや、それは違うと思うけど」
「てことは私服の時にセーラー服着ればまたあの時のように優しく抱きしめてくれるってことね。きっとそうだわ」
「そもそもあなたの思いは報われないと思うけど……」
 言ってはいけないことまで璃彩は口にしてしまうが、やはり美佳の耳には届いていないから問題はなかった。



 そして今日も夜は更けていく……。




第二話へ つづく
 







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 残念ながら歌はありません。(笑)



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