志恩と弥生を取り巻くエトセトラ
〜 In the case of 狡噛慎也 〜




 デスクワークの仕事が一段落しタバコをくわえた狡噛は、 火をつけようと何度もライターを押すがガス切れで着火せずイライラしていた。 更には予備に保管してあると思っていたものも見つからない。
 しぶしぶ売店へライターを買いに行こうと部屋を出たところで、 タイミングよく愛煙家仲間の唐之杜と出くわした。
「おお、唐之杜。悪いが火を貸してくれ」
「いいわよ、はい」
 唐之杜は二つ返事でポケットからライターを取り出し自分の胸元辺りで火を付けた。 必然的に狡噛はくわえたタバコを唐之杜の胸元付近の火元に持っていく。
 ようやくタバコの煙を吸い込めた瞬間、背後からおぞましい殺気を感じ思わず咽てしまう。公安局の外でドミネーターを所持していたなら確実に殺気に対して向けていただろう。
 視線だけ振り返るとそこには六合塚がいた。 ご丁寧に壁に隠れているつもりだろうが体も気配も隠しきれていない。

[壁]д=) ジー

「俺、睨まれてるよな」
 小声で狡噛は唐之杜に問う。
「ふふ、そうみたいね」
 唐之杜は六合塚の殺気には意に介さず、むしろどこか楽しそうである。
「あの様子じゃあいつ犯罪係数軽く300オーバーしてそうだぞ」
 もし仮に六合塚が執行官でなく一般人ならエリミネーターで抹殺されていたことだろう。 否、それよりも先に狡噛が殺られているかもしれない。 正に殺るか殺られるか、そんな雰囲気だった。
 だがそんな殺伐とした雰囲気を吹き飛ばすかのように、唐之杜は「あはは」と声に出して笑う。
「笑い事じゃねえよ」
 納得がいかないとばかりに狡噛は不満を漏らす。
「どうして六合塚はいつも俺ばかり……。とっつぁんは分かるが、ギノや縢にはそんなことないだろ」
「どうしてかしらねぇ」
 ふと思い付いたかのように唐之杜は言葉を続ける。
「まぁそうね。ニオイ、じゃないかしら?」
「におい?」
「ほら、慎也くんいつも言ってるじゃない。執行官には嗅覚が必要だって」
「いや、それはそうだが、だが、そうじゃないだろ」
 唐之杜が一層楽しそうにするにつれ背後の六合塚からの殺気が増していき、 焦る狡噛は「だが、だが」と文法的におかしい言葉遣いになる。
「俺たち何でもねえし。なのに何で俺だけ匂うんだ?」
「どうしてかしらねぇ」
 唐之杜は先ほどと同じ口調で全く同じ言葉を返した。
「でもさぁ、ほらー。可愛いじゃない」
「か、可愛い?」
「嫉妬する弥生も可愛いけど……」
 ふふふ、と笑ってから更に続ける。
「実はね、弥生ってば私とのこと、まだ皆気付いてないと思ってるのよ」
「はぁ!?あれだけ所構わず真昼間からでもヤッっておいてか」
 マジかよ有り得ない、と狡噛は愕然とした。
「ねー、可愛いでしょー。それに弥生は嫉妬した後の方が激しく燃え上がるのよ」
 気が付けばタバコはまともに吸うこともなくフィルターまで燃え尽きている。
 女同士イチャつくのは構わないが俺を巻き込まないでくれ。
 タイミング悪く唐之杜と出くわしたことを狡噛は激しく悔やんだ。




つづく
 







戻る