一係の平穏な日 〜ハロウィンversion〜




「Trick or treat(トリック オア トリート)」
 悪戯されたくなかったら、お菓子を頂戴。



 十月末日。
 志恩は大きなつばの付き先の長く尖った黒い帽子を被り、 いつもの白衣ではなく黒色のマントで身を包み、その中は胸元が大きく開いた色っぽい魔女の仮装をして ハロウィン気分を満喫していた。
 この日のために通信販売で購入したものである。
 ハロウィンはシビュラシステムが統治するようになってから衰退しており今は誰も知らない過去の産物となっていたが、 偶然ネットでその存在を知った楽しいイベント好きの志恩としては見過ごすことが出来なかった。
 すっかり童心に返った気分で浮き足立っていた。
 まず第一に被害者となったのはラボに訪れた朱だった。
「すみません、唐之杜さん。分析をお願いしたいのですが、いらっしゃいますか?」
「はいはーい、いらっしゃいますよー」
 椅子をくるりと返し仮装を披露する。
「ど、どうしたんですか?」
「トリック、オア、トリート」
 志恩は立ち上がり朱の傍に行くと得意気にハロウィンの常套句を述べた。
 ごそごそとポケットに手をやる朱。
「はい、どうぞ」
「……え?あ、ありがとう」
 朱は取り出したうまい棒めんたい味を志恩に差し出す。不意なことに志恩は素直に受け取ってしまう。
「それと、こちらの分析もお願いしておきますね」
 朱は記憶メモリも志恩に手渡してラボを去っていった。
 盛り上がった気持ちが消化不良で終わり腑に落ちない志恩は気を取り直して仕事を後回しにしラボから出て行く。
 廊下で縢と顔を合わせた。 第二の犠牲者となると言いたかったが、先の朱が失敗に終わったため改めて第一の犠牲者とすべく縢をターゲットにする。
「あれ、センセー。今日は素敵な服っすね。いつにも増してセクシーじゃーん」
「ありがと、シュウくん」
 気を良くした志恩は再び定番の台詞を口にした。
「トリック、オア、トリート」
 シュピン!と効果音が鳴りそうなくらい素早い動作でまるで手品のようにどこから取り出したのか 器用に人差指と中指にうまい棒コーンポタージュ味を挟んで志恩の目の前に差し出す。
「センセー、どぞー」
「あ……ありがと」
「じゃ、まったねー」
 手を振りながら陽気に縢は去っていく。
 志恩は手元にある二本のうまい棒を見つめる。これは偶然?
 首を捻りながら一係のオフィスへと向かうと、そこでは狡噛がモニタに向かいながら煙草を吹かしていた。
 志恩が近付くとそのデスクの上にうまい棒シュガーラスク味が置かれてあるのが目についた。
「ねぇ、慎也くん」
「ん?ああ、唐之杜か」
「トリック、オア、トリート」
 三回目のこの台詞は意気消沈気味になっていた。
「ほい」
 もうすでに察しが付いてはいたが、案の定デスクのうまい棒を差し出してきた。
「ねぇ、どうして分かっていたの?」
 さすがに三度も続けば偶然では片付けられない。それはもう必然だ。
「何が?」
 狡噛の煙草を銜えている口元が緩んでいる。
「お菓子が欲しかったんだろ。俺は何も知らないぜ」
 狡噛はモニタに向き直る。この男の口が堅いのが分かっている志恩は無理から聞き出すことを諦めた。
 わざわざ聞かずとも真相は予想が付いていた。
 誰かが先手を打ってお菓子を用意していたのだ。間違いない。
 その“誰か”であろう弥生の許へ志恩は向かった。 今日はオフで自室にいるはずだ。
 その道中で征陸と出会った。
「さすが若くてスタイルがいいと何着ても似合うもんだな」
 褒められようと志恩はちっとも嬉しさが込み上げてこなかった。
「トリック、オア、トリート」
 念のため征陸にも言ってみた。声のトーンがすでに低い。
「は?」
 意味が分からないとばかりに聞き返す征陸に拍子抜けし、志恩も「は?」と同じような表情をする。
「……あ!あー、あれか。すまんすまん。英語だから聞き取りにくかった」
 ジャケットのポケットから取り出したうまい棒なっとう味を志恩に渡す。
 志恩はこうして四本のうまい棒を手に、弥生の部屋へ辿り着いた。
 ノックもせず弥生の部屋へ入った。 だが弥生は志恩が来ることが分かっていたかのように特に驚きもしない。
「トリック、オア、トリート」
 弥生はうまい棒たこやき味を志恩に差し出す。
「ねぇ、弥生なんでしょ。先に手を打ってたの」
「ええ、そうよ。志恩がハロウィンってイベントを調べて楽しそうにしているの見てしまったから」
「どうして悪戯させてくれないの!」
「え??」
「皆、お菓子なんて用意してないから悪戯し放題だと思っていたのに」
「だってハロウィンってお菓子を貰っていくイベントでしょ?」
「そんなのどうでもいいの。私は仮装して悪戯して周りたかったのよ」
「あ……ごめんなさい」
「むー」
 志恩は子供のように頬を膨らませて拗ねた顔をする。
「罰として今日一日、弥生には悪戯し放題ね」
「えー」
「覚悟しなさい」
 うまい棒五本で弥生を指す。 魔女の格好でそのポーズはまるでなにか魔法でもかけたかのように見える。
 弥生はがっくりと肩を落とし俯く。だがその口元は微笑んでいた。



「ふー、六合塚のお陰で助かったぜ。まさか本当に仮装して来るとはな」
 一係のオフィスで狡噛が話す。
「ですよね。お菓子がなかったら本当にどんな悪戯されていたか。 唐之杜さんって程度を知らないからその辺ちょっと怖いですもんね」
 朱が安心した声で話す。
「クニっちだけっしょ。センセーに悪戯されて喜ぶのは」
「もしかすると案外それを期待して六合塚はやってたんじゃないのか」
 縢の言葉に、征陸はにやりとしながら話す。
「……」
 ひとり最後まで志恩と出会わなかった宜野座はうまい棒ピザ味を手に持ったままだった。


おしまい
 







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 イベント物はあまり書かないのですがネタを思い付いたので。

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