果てしなく続く青い空 −特別な愛の詩−   act.W




「見てみて。じゃじゃーん」
 まだ着替えの途中で下着姿の弥生はステージ衣装を身に纏い両腕を広げて呼びかけてくるリナを見た。
 二人は弥生の部屋で今晩の『プロフェシー』のライブの準備をしていた。
「リナがそんな感じの衣装着るの珍しいわね」
「今日は弥生に合わせてみたの。黒のブーツも新調しちゃった」
 ステージ衣装だけに限らず普段の私服から白や暖色系が多いリナだったが、今日は黒を基調とした服装だった。 黒のレザーのショートパンツに同じくレザーの七部袖で細身のジャケットをジッパーを広げたまま羽織り、 リナの髪の色と似たへそが見えるくらい丈が短い青いインナーシャツを着ている。 ジャケットの背中には白い羽が描かれている。
「どう、変じゃない?」
「ええ、全然変じゃないわよ」
 足にぴったりと張り付くリナと同じく黒いレザーのロングパンツを穿きベルトを締めながら答えた。
 リナが好みそうな衣装ではなかったが、むしろ案外似合っていることに感心していた。 いつもより引き締まってシャープな印象を与える。
「どういう心境の変化なの?」
 全身が映る鏡の前でリナは体を左右に動かし、落ち着かない様子で衣装のチェックをしていた。
「んー、たまにはイメチェンしてみるのもいいかと思って」
「新譜、披露するから?」
 クローゼットに仕舞われている弥生の衣装はどれも似たり寄ったりで、黒や青系が多かった。その中から一着を取り出す。 リナの影響からライブの時はホロを着用しないようになっていた。
「まー、そんなとこ」
 着慣れない衣装のためかリナはずっと鏡とにらめっこを続けている。
 弥生は着替え終えるとリナの隣に立った。鏡に映る二人はお揃いの衣装を纏っているように見える。
「大丈夫よ、リナ。とても似合っているから」
 肩に手を置きながら言うとリナはようやく笑顔を浮かべた。
「じゃあ、マニキュア塗ってあげる」
 手を引きソファへ誘導し弥生を座らせると、リナは化粧セットが入ったピンクのバッグを持ってくる。 そして弥生の前へ膝を立てて屈んだ。
「今日は衣装に合わせてマニキュアも青系にしてみる?」
「青!?それはちょっとどうかと思うわ」
 青いマニキュアを塗った自分の姿が想像できなかった。
「そう」
 数種類のマニキュアが入ったバッグを横に置き、中を探りながらリナは少し残念そうな表情を浮かべている。
「いつも通りでいいから」
 マニキュアを青にすると、ルージュまで揃えて同じ色を提案してきそうな気がしていた。
「じゃあ左からね」
 リナはお気に入りだからと愛用し弥生にもプレゼントした蝶の模様の付いたサーモンピンクのマニキュアを取り出す。 そして弥生の爪へと施していく。
 いつもマニキュアをリナに塗られる度に初めて出会った日を弥生は思い出した。
 シビュラの相性診断に従っていてはリナとは確実に付き合わなかったはずだ。 何故ならシビュラによる相性診断で弥生はリナとの恋愛は不適合と示されるからだ。 だが実際はリナと出会うまで数々付き合ってきたパートナーとして推奨された相手とは全て長続きしなかった。 身をもって相性がいいと感じるリナとの恋愛を不適合だと示してしまうなんてシビュラシステムも当てにならないこともあるものだとこの時ばかりは思った。
「弥生ってもうすぐ誕生日よね」
「あー、そうね」
 そうだった。リナに言われて思い出す。多忙の日々の中、自分の誕生日のことなど頭の片隅にも存在していなかった。
「なにか欲しい物とかある?」
 爪に層を重ねるようにリナはマニキュアを塗っていく。弥生はその真剣な表情を見つめていた。 化粧をしていないリナは実年齢より幼く見える。
「リナ」
 手を止め姿勢は動かさずリナは視線だけを弥生の顔に向けた。 上目遣いのリナは弥生と目を合わせるがすぐに視線を落とし再びマニキュアを塗る作業に戻った。
「私は物じゃないから。はい、じゃあ右手出して」
 リナは弥生が差し出した右手を取ると左手と同じように親指からマニキュアを塗っていく。
「それにそれはいつでもあげてるでしょ。なにか他に欲しい物はないの?」
 欲しいもの……。
 思い巡らせてみるが、やはり弥生にはたったひとつしか頭に浮かぶものがなかった。
「なんでも買ってあげるよ。貧乏だから車とか何十万もするギターとかそんな高い物は無理だけど。でも折角の誕生日だから奮発はしてあげるからさ。 この際だから買っちゃおーって物とかないの?なにかひとつくらいはあるでしょ、弥生が欲しい物」
「リナ」
 今度は視線を上げることなくリナは作業を続けたままだった。
「だからそれは……」
「それ以外に思い浮かばないの」
 ちょうど小指まで塗り終えたリナが顔を上げた。
「リナ以外に欲しいものはないわ」
 マニキュアのブラシが付いたキャップを右手に握ったまま無表情でいるリナの瞳を見つめながら、たったひとつ頭に思い浮かんだものを答えた。
 リナはそのキャップを瓶に被せただけでぞんざいに横に置くと弥生の首に腕を回し唇を重ねてきた。舌を絡め濃厚な熱い口付けを交わす。
「もー、これからライブだって時にその気にさせないでよ」
 唇を離すと困惑の色を浮かべ弥生に腕を回したままリナは吐息のように言葉を漏らした。
「じゃあ適当に弥生が欲しそうな物を私が見繕ってプレゼントしようか」
 弥生の体から離れリナは中途半端に置いたままにしたマニキュアの小瓶の蓋を閉め化粧バッグに片付ける。
 その姿を見つめ、白く覗く首筋に齧り付いて今すぐにでも心も体も溶け合いたい衝動に駆られていたが、塗りたてのまだ乾き切っていないマニキュアに抑制された。 丹念に塗ってもらったマニキュアと、リナの新しい衣装を台なしにしてしまう訳にはいかない。
「んー、なにがいいかなぁ。……そうだ!セクシーなランジェリーとか、どう?黒のブラとショーツにレースのスリップ。ガーターベルトも着けちゃう?」
「なによ、それ」
「似合うと思うけどなぁ。弥生スタイル超いいし」
 化粧バッグから今度はルージュを取り出し、リナは再び弥生と向き合う。
「ねぇ、それってあたしが欲しい物じゃなくて、リナがあたしにして欲しいことでしょ」
「うーん、ばれちゃったか」
「そんなのいらないし、穿かないわよ」
「なーんだ。残念」
 ルージュのキャップを開け言葉とは裏腹に特に残念な表情もせず淡々とリナは手を動かしていく。下部を回しリップが押し出される。 青色ではなくマニキュアより薄い淡い桜色だった。
 弥生は反射的に唇を軽く開き顎を突き出す。
「目で楽しんでから脱がして楽しむ。一回で二度美味しいと思ったんだけどなぁ」
 弥生の唇にブラシでルージュを塗りながら、リナはまだランジェリーの話を続けていた。
「あたしの誕生日でしょ。どうしてリナだけが楽しむの」
 喋ってはいけないとは思いつつも口を挟まずにはいられなかったので極力唇が動かないように注意を払った。
「あは、そーだった」
 肩を竦めてリナは笑ってみせる。
「じゃあさ、一緒に買い物に行って弥生が欲しそうな物探す?んー、それとももしくは部屋でずっと篭るってのもいいし」
 リナは意味深ににやりと笑う。
「まぁ、なんにしてもゆっくり一緒に過ごしたいわね」
 リナのその意見には心から賛同したが、記憶を辿ってみると生憎その日は仕事のスケジュールが入っていたはずだ。
「弥生が生まれてきた日を一緒にお祝いしようね」
 プレゼントなんていらない。ただ一緒にリナと同じ時間を共有する。それだけで充分だった。 たとえその日が仕事であっても出来うる限りの時間をリナと過ごすことに費やしたかった。
「はい、出来た」
 これでライブが跳ねるまでキスも出来なくなってしまったな、と弥生は残念な気持ちになっていた。
 アクセサリーを着け、リナの準備が整うと二人で今夜のステージであるライブハウスへと向かった。 弥生の部屋から近く徒歩でも行ける距離ではあったが今日はギターが二本必要だったため自家用車で向かうことにした。 夕焼けでオレンジに空が染まる秋晴れの中、弥生はリナとギターを乗せ車を走らせた。
 いよいよ新譜を披露する日を迎えた。
 数日前、二人きりでリハーサルを兼ねて部屋で新譜を合わせたがリナは唄わなかった。 厳密には唄わなかったのは歌詞であり「ラ」とも「ダ」とも聞こえるような発音でメロディを口ずさんだ。 だがそれだけでもリナの歌に引き込まれ弥生のアコースティックギターの演奏が呑まれて負けてしまいそうだった。 結局、演奏者である弥生にも新譜の完成形はライブ本番までお預けとなっていた。
 その新譜はアンコール時に演奏することが決定していた。『プロフェシー』としては珍しい取り組みだった。
 リナは気分が乗らない、というより演奏者や客が彼女の気分を上手く乗せきらない日にはアンコールに応じなかった。 公認で演奏している弥生には驚くべきことだった。 アンコールとは演奏することが予め決定しているものだと思っていたからだ。 そして予定にある以上必ず演奏することが当然であるとも思っていた。 だがよくよく考えてみれば可笑しな話である。 予め演奏することが確実に決まっているのであればそれはアンコールである必要があるのだろうか。 客側だって酷い演奏を聴かされたならアンコールを望まない場合もあるだろう。
 だが今回だけはリナたっての所望で、どうしてもライブの最後の曲として披露したいということでアンコール時に演奏することが決まったそうだ。 弥生は所詮、助っ人でしかないので伝えられた通りにベストの演奏をするだけだ。なにも口出ししないし、出来る立場にもない。
 今日のライブハウスはリナと初めて出会った公認と非公認の対バンを行った会場だった。 ここは非公認がライブを行える場所では一番キャパシティーがある、 といってもそれでも公認が行えるライブハウスに比べれば小さくはあるが、けれどそれでいて綺麗に整備され音響も優れている珍しい会場だった。 『プロフェシー』は月に一、二回はここで単独ライブを行っていた。
 本番前の音合わせを行いながら、弥生はその音響の良さを実感していた。
 気分よくギターを弾いていると不意にリナは『プロフェシー』のメンバーと助っ人の弥生に右手を挙げ演奏を止めステージから降りていった。 何事かと弥生はリナを目で追っていると、誰もいない客席の隅で壁にもたれかかりながら腕を組みステージを見ていたひとりの女性の許へと歩いていく。
 適当な演奏をリナの行動を気に留めない『プロフェシー』のメンバーが始める。ドラムのリズムをきっかけに即興でベースが合わせアドリブでキーボードも弾いていく。 だがギターの弥生だけ手を止めたままリナを目で追い続けていた。
 女性は中年というにはまだ若いだろうか。 白色のチノパンに水色のブラウスを羽織っただけのカジュアルな格好だが、それだけでもスタイルの良さが窺える程だった。 肩に掛かるくらいの栗毛色の髪の右側を耳にかけすらりと立つ姿は年相応の色気を漂わせている。
 リナは顔を寄せその女性と笑顔を交えながら親密そうに会話をしていた。 その様子を見て弥生の心は苛立ちに似た騒つきを覚える。沸々と胸の奥からえも知れぬ感情が湧き立ってくるようだった。
 演奏が五月蝿く会話は全く聞こえなかったが、ただじっと弥生は二人の様子を右手に持ったピックを握り締めながら凝視していた。
 話し終えるとリナは何事もなかったかのようにステージへと戻ってきた。
 その時、女性がこちらを見て微笑みながら会釈をした。『プロフェシー』のメンバーではなく女性の視線は確実に弥生にだけ向けられていた。 反射的に弥生も小さく頭を下げて返す。
「あの人は、誰?」
 即興の演奏がまだ続いていたため、リナの耳元に顔を寄せ大きな声で訊いた。
「ここのオーナー」
 同じようにリナも弥生の耳元で答える。
 なんだオーナーか、と弥生は安堵する。
 安堵?一体何に?
 先程起こった心の騒つきと突然湧き上がった疑問に心を捕らわれそうになったが、ライブに集中するため不必要にそれ以上は追求して考えないことにした。



 会場に客入りが始まりいよいよライブ本番が近付いてきた頃になり、リナは忽然と裏口から姿を消した。
 気になり後を追うと、出入り口のすぐ傍でリナは空を見上げて佇んでいた。辺りはすっかりと陽が落ちて街灯が点っている。 夜になると腕を出した衣装では少し肌寒かった。
「リナ、どうしたの。もうすぐライブが始まるっていう時に」
「うん、天気がいいし見えるかなーって思って」
 リナは夜空を指差す。その先には丸く淡い金色の月が煌々としていた。まるで夜空に月がぽっかりと浮かんでいるようだった。
「ハーベストムーン」
 それは何?という顔を弥生がしていたのか、リナは説明を続ける。
「中秋の名月っていってね、月を見て楽しむ日なんだって、今日は。 その昔、シビュラが存在しない頃には満月に似たお菓子を供えて月を眺めるって風習があったそうよ。 シビュラの所為でなくなったのか、風習自体が時代の流れで淘汰されてしまったのか分からないけれど。 今では誰もしないわね」
 弥生にはそんな風習があったことすら知りはしなかった。ましてや中秋の名月という言葉すら初めて耳にした程だ。 月がこんなにも綺麗に輝いていることすら今日生まれて初めて知った気さえする。
 隣で見入るように月を眺めているとリナが手を絡めてきた。 寒さの所為か冷たいその手を温めるように握り返す。月がこちらを見ていて二人を照らしている、そんな感じがしてきた。
 リナが月を見上げながら歌を口ずさみ始めた。“ハーベストムーン”という言葉が入った歌詞で、今夜の月のように綺麗な旋律のバラードのナンバーだった。 月の光がリナの歌声を更に引き立て、弥生の心にじんわりと暖かく染み込んでくる。
「その曲は?」
 サビの部分だけを唄ったリナに問いかけた。
「昔々のラブソングよ」
 ラブソングという言葉が耳に反響するように残った。
 もう一度二人でじっくりとハーベストムーンを眺めて存分に月の光を浴びてからライブハウスへと戻った。
 今朝から弥生はずっと感じていた。ライブがある日だというのにリナの雰囲気が普段と違うことを。 いつものようにステージに立つことが楽しみでテンションが高くなる訳でもなく、むしろ逆に冷静な感じだった。 やはり新譜を披露するからなのだろうか。
 だがステージの袖で歓声が聞こえ、いざ本番となった時にはいつもの気合が入った顔付きを取り戻していた。
 ライブもいつも通り、いやそれ以上の歌をリナは唄った。弥生もそれに負けじとギターを懸命にかなぐり弾いた。
 アンコールでリナを呼ぶ声が会場中に反響している。 この様子ならアンコールに予め応えることを決めていなくともリナは再びステージへと向かったであろう。 そう考えながら弥生はエレキからアコースティックにギターを持ち替えていた。
 いよいよ二人だけの新譜披露のステージだ。なのにどうしてだろう。リナは異様なまでに落ち着き払っていた。 先程までの演奏で額から汗を流してはいるが、一気に熱が冷めてしまったかのようにただじっと立ち天井を見上げていた。
 視線は天井を突き破りライブ前に見たハーベストムーンを捉え、リナは衣装に描かれた小さな翼を広げ月まで飛んでいこうとしているようだった。
「行こう、弥生」
 リナは振り返り弥生に手を差し伸べる。その言葉はまるで月まで行こうと誘っているように聞こえた。
 リナとならばどこまでも一緒に行くつもりだ。
 弥生は頷いてその手を握った。



「今から唄う曲は静かに聴いて欲しい」
 ステージに立つとリナは観客に呼びかけた。
 騒ついていた客席がリナに促され徐々に静かになっていく。観客はボーカルのリナとアコギを持った弥生だけがステージに立った意味を理解したかのようだった。
 完全な静寂が訪れた時、リナは弥生に視線を送った。 アイコンタクトにしては時間が長かった。それにまるで今から抱き合ってセックスをするかのような情熱的な瞳をしていた。
 客席に向き直るとリナはそっと曲のタイトルを口にした。それを合図に弥生はギターを弾き始める。
 時間をかけて疲弊してまで尽力し、後にも先にもこれ以上のものは作られないくらいと言っていた新譜は愛を綴ったナンバーだった。ラブソングだ。
 リナは客席に向かって唄っている。 だけれどもリナがひとりのため、ひとりだけに向けて唄っていることが隣で演奏してる弥生にもひしひしと伝わってきた。
 リナの溢れんばかりの愛はあたしに向けられていたのだ、とこの時ようやく弥生は理解した。
 熱い想いが込められたリナの歌声を一身に受け、弥生も全身全霊彼女への気持ちをギターに乗せて弾いた。
 いつもの負けまいと激しくぶつかり闘い合う演奏ではなく、 リナの歌声と弥生の奏でるギターの音色がひとつに交じり溶け合うような心地よさに酔いしれた。 それはまるで優しく愛撫でもされているかのような感覚だった。
 気が付けば演奏は終わり再び客席が沸いていた。
 汗と共に弥生の瞳からは大粒の涙が零れ落ちていた。
「ありがとう」
 リナは観客に手を振り一礼する。そして弥生の方へ向くとマイクを通さずに呟いた。
「ありがとう、弥生。愛してる」
 声は歓声に掻き消されたが、口の動きからそう言ったのが分かった。 演奏に陶酔したのかリナは瞳いっぱいに涙を溜めうっとりとしている。
 昂る気持ちはもう抑え切れなかった。
 ステージの袖に下がると投げ捨てるようにギターを置きリナの腕を掴み引き寄せその体をきつく抱き締め唇を奪った。 出演しないのに見に来ていたギタリストの子も含め『プロフェシー』のメンバーが傍にいたが気にしなかった。
 壁までリナを追いやり舌を絡ませ口付けを交わし続けた。
「撤収しましょう」
 背後で女性の声がし、誰かがヒューっと口笛を吹いていた。
 股に足を入れ太ももでリナの下半身を刺激しながら乳房を鷲掴みにした。 服越しにすでに先端部が硬くなっているのが分かる。 口を弥生が塞いでいるため、リナは鼻から熱い息を漏らし喉の奥で呻く。
 その手でリナのレザーのショートパンツのボタンを外しジッパーを降ろすとショーツの中へと滑り込ませた。 熱くすでに濡れそぼった部分を指でなぞると、リナは体にしがみつき頭を左右に振り乱し身もだえた。
 ギターを弾くように弥生は指でリナを奏でた。その淫靡な旋律は、まだ騒々しい観客の声に紛れていく。
 数度なぞるだけでリナは達していた。
 濡らされた指を口にくわえながら肩で息をしているリナの姿を見つめていた。
 帰宅途中の車の中でも一度リナを抱いた。
 部屋に戻ってからもベッドでリナの体を抱き続けた。
「もうダメ……やめて」
 涙を浮かべ懇願されようが弥生はその手を緩めなかった。
 苦痛か快楽か判別がつかない表情でリナは顔を歪める。だが口からは甘い吐息を漏らし続けている。
 いくら貪って奪い取ってもリナからは愛が溢れ続けていた。
 やがて幾度目かの絶頂に達するとリナは意識を失うように眠りに落ちた。 さすがに弥生も疲労を感じていたため指をリナに埋め繋がったまま、その隣で瞼を閉じた。



 下腹部辺りに温もりともぞもぞとした感触を覚えながら目を覚ますと、いつの間にかリナの頭が局部にありそこを舐められていた。
 一旦眠りについたとはいえリナを抱き続けた弥生の体は、それと同じだけ彼女を求めていた。飢えた体は過敏に反応する。
「待って、リナ」
 静止を促すが弥生の足で耳が塞がっているのかリナは動きを止めない。
「リナ、先にトイレに行かせて」
 先程より大きめの声を出した。長時間リナを抱き続け更には睡眠まで取った弥生は生理現象をもよおしていた。
 だがリナはそれでも動きを止めてはくれなかった。
 いきそうなのか漏れそうなのか、どちらか分からない感覚に襲われ身をよじらせた。 刺激から逃れようとする弥生の体をリナはすぐに追いかけ、更には動けないように押さえつけ舌を這わせ続ける。
「それ以上は本当にダメだから」
 リナの頭を除けようと手で押すが、それ以上の力で頑なに動こうとしない。
 我慢することに気が散ってしまい快楽に集中することが出来なかった。 それを言葉にするとようやくリナは解放してくれた。
 そして弥生の体に添うように横になるとリナが耳元で囁いた。
「いいよ、ここで出しちゃいなよ」
 驚いてリナの顔を見た瞬間、中に指を挿入された。リナは中から尿道を刺激するように浅く埋めて指の腹を擦りつける様に動かす。
「んんっ……ダメよ、リナ。ダメだって」
「んー、なにがダメなの?」
「汚れちゃう……」
「あー、そっか、ベッドが汚れるのが気になるのね」
 リナは指を引き抜くと、ベッドの隅に追いやられていたタオルケットを弥生の局部にあてがうように置いた。
「ほら、これで安心でしょ?」
 再びリナは弥生の中へ入ってくる。
「ちが…う、あぁ……やっ、出ちゃう……」
 熱いものがリナの指が挿入されている部分とは違う所から、少しだけ漏れ出たのが自分でも感じた。
「もっと、もっと出していいから」
 指の動きを早めて放出ことを促すようにリナは更に弥生の中から刺激する。
「いや……いや、手が…あなたの手が、汚れるから…ダメ……あぁっ」
 少しずつ体を伝い熱い水分が我慢しきられず零れ落ちていく。
「平気だから。ほら、我慢せずに全部出しちゃいな。気持ちよーくなれるよ」
 二本目の指を挿入し優しく耳元で囁くリナに促されるように、弥生の体から勢いよく水分が溢れ出した。 一度出始めるともう止めようがなかった。リナの手を濡らしタオルケットへと零れていく。
「……ごめんなさい」
 羞恥と背徳そして性的倒錯からくる快楽と我慢から解放されたことに身を震わせ涙を浮かべた。 様々な感情が沸き起こり頭が混乱し困惑したが、一番勝った羞恥に隠れてしまいたい心境に陥り両腕で顔を覆った。
 濡れたタオルケットの乾いた部分で手を拭きそれをベッドの下へ放り投げ、リナは弥生の腕を除けると頬にキスをした。
「すっごい可愛かったよ、弥生」
 リナは恍惚の表情で弥生を見ていた。
「……ヘンタイ」
 あんなところを見られて可愛いと言われ嬉しくもあったが、やはり恥ずかし過ぎて素直に認めたくなかったので悪態をついた。
「そうよ。でも私をそうさせるのは弥生の所為なんだから」
 弥生の体をリナは指でなぞる。唇に触れるとあご、首、胸の間、へそと伝い滑り下ろしていく。 そして生い茂る部分まで辿り着くとそこを指で弄んだ。
「弥生が私を誘うから、惑わせるから」
 まだ一度も大きな波を迎えていない陰部が早く触れて欲しくて疼いていた。陰毛より先に下りてこないリナの指がもどかしい。
「ほーら、今だって欲しくて堪らないって顔して誘ってるでしょ。ねぇ、違うの?どうなの?」
「リナ……」
「んー?」
 じっと弥生を見つめリナはまだ陰毛に指を絡ませていた。
「あなたが欲しい。今日のステージみたいにいっぱいあたしを愛して」
「いいよ。あきて厭になるまで愛してあげる」
 あきる?厭になる?そんなことあろうはずもないのに、と思いながらこれから与えられる愛と快楽に弥生は期待に胸を膨らませぞくぞくした。
 もう何度も交わらせすでにルージュが落ちた唇を重ね合う。 進入してくるリナの熱い舌を受け入れると愛が注ぎ込まれるように唾液が流れ込んでくる。 その感覚に酔うように瞼を閉じる。じっくりと口内をリナの舌に愛される。
 リナは体を起こすと弥生の両足を広げ、その間に顔を埋めた。
「待って、リナ。まだ拭いてないから汚い」
「大丈夫。私が綺麗にしてあげるから」
 大陰唇を押し広げ一緒に開いた小陰唇の中を湿った音を立てながらリナは舌で舐めていく。 綺麗になるどころか弥生からは体液がどんどん溢れ出てきていた。 それを塞ぐようにリナは出来うる限り舌を奥まで押し込んでくる。
 リナを求めて腰を動かし、更には声にも出して求めていた。
「リナ、もっと。もっと」
 どうすれば弥生の求めることに応じられるか熟知しているリナは充血し膨張したクリトリスを口に含んだ。 熱い舌を押し当て顔自体を動かし舐めるというよりは擦りつける様に刺激を与える。
 体をうねらせ、頭を振り、叫び声を上げてあらん限り全身を使って快感を表した。
 ただでさえライブで気持ちが昂揚していた上に、リナから熱烈なラブソングを聴かされいつもより格段に体が快楽に反応していた。
 シーツをきつく握り締め愛しい人の名を呼びながら目の眩むような大きな波に呑まれた。
 脱力し弛緩した弥生の体にリナは休むことなく愛撫を続けていく。 達した直後で過度に敏感になった体はどこであろうとリナの肌が軽く触れるだけで快感に打ち震える。
 リナは力なく横たわる弥生の傍らに座ると右手を取り掌を愛しむように頬ずりした。 そして指を一本ずつマニキュアを施すように、弥生を見下ろしながら口に含んでいく。
 弥生の体は一度達したにも拘らず満足することなく貪欲にリナを求めていた。
 息が整い体が落ち着いてきたことを見計らうと、リナは弥生の体を跨いで覆いかぶさり乳房に舌を這わせた。 先端の一番敏感な部分を口に含み舌先で刺激を与える。時折、軽く歯を立てる。
 弥生の息は再び乱れよがり声を上げ始める。
 リナはそのまま手を着き膝を立て四つん這いになり、乳房の頂点でそそり立っている唾液で濡れた部分を見下ろしていた。 腕を曲げて体の位置を下げるとそこへリナは自分の乳房を擦り付けた。
 乳房の先端同士が触れ合うと指や舌とは比べ物にならない電流が流れるような鋭い快感が体を駆け巡る。 リナも同じなのか上で体を揺すり擦れ合う度に顔を歪め甘い吐息を漏らしている。
 二人の喘ぎ声のハーモニーが部屋中に反響する。
 右膝を立て腿でリナの局部に触れるとそこは熱くぐっしょりと水分を含んでいた。 リナが腿にそこを押し付けてくると、体液を塗りつけるように腰を前後に動かした。
 同じくリナを求め卑しく涎を垂らし続ける弥生の下の口に指が与えられた。 挿入されるとそれに押し出されるように上の口から「ああっ」と声が漏れ出す。ゆっくりじっくりと味わうように指が中で動き出す。
 弥生はリナの体をきつく抱き締め、くわえ込んでいる彼女の指も締め上げた。
「今日の弥生、すごい」
 荒いリナの熱い息が首筋に当たる。触れ合う肌はお互いの体温で汗ばんでいた。
 抑えようとしても弥生は歓喜の叫び声が口から漏れる。
 リナが再び弥生を絶頂へと導き、全身で彼女を感じながらその時を迎えた。
 指を埋めたままリナは弥生の体を返し四つん這いにさせた。 だが度重なる快楽で脱力した弥生は腕で体重を支えきれず顔と肘を着き尻を突き出す格好になっていた。
 リナは二本目の指を挿入し中で動き始める。卑猥な湿った音を立てぐちゃぐちゃになっている弥生の中を掻き回す。 空いているもう片方の手で前からクリトリスを弄った。
 二度達していても弥生は腰を動かしまだまだリナを求めていた。体温が上昇しっぱなしで汗が額から流れ落ちる。
 やがて三度目の波が弥生に押し寄せた。
 幾度も押し寄せる快感に朦朧としながら仰向けになるとリナが唇を交わらせてきた。
「ねぇ、弥生。どうしよう……」
 唇を離すとリナは新譜を披露した後と同じようなうっとりとした瞳で弥生を見ていた。
「さっきあんなにしてもらったのに……私、またして欲しいの」
 先程まで弥生の中にあった指を噛みながら困惑の色を見せ求めてくるリナの姿がとても愛おしく感じた。
「いいわよ、望み通りいくらでも。あたしももっともっとリナにしてあげたい」
 リナはベッドの宮に手をかけ仰向けでいる弥生の顔に膝を着いて跨った。 目の前にある果汁が滴る果肉を欲して弥生は口を開けて待つ。リナが腰を下ろしそれを与えられると夢中でしゃぶりついた。 リナが歓喜の声を上げ腰を動かす。鼻で息をしながらリナの動きに合わせ舌を使い高みへ導いていく。
 やがてリナは体を震わせ辿り着くと、弥生の顔から離れ胸元に腰を下ろした。 べったりと皮膚に吸い付くようにくっつきリナのその部分が脈打っているのが分かった。
 それからも弥生とリナはお互いを求め合い続けた。離れるのが惜しいとばかりに絡み合い続けていた。
 疲労を感じては抱き合って眠り、空腹を感じたらお互いの体を口に含んだ。 腹が満たされないようにいくらセックスしても満足することなくお互いの体を求め続けた。



 ふとまどろんでいた弥生は隣にあるはずの温もりを探して目覚めた。
「リナ?」
 リナの姿が見当たらなかった。しばらく待ってみるが戻ってくる気配がない。
 重く気だるい体を無理矢理起こし、トイレやバスルームを見回ってみるがその姿は影も形も見当たらなかった。 新調したレザーの衣装が弥生の物と一緒に抜け殻のようにベッドの下に転がっていた。
 テーブルに譜面が置かれてあることに気が付いた。手に取って見てみるとタイトルと歌詞が書かれた新譜の完成形だった。
 ライブを思い出し弥生の心にじんわりと温かい気持ちが蘇ってくる。
 リナはどこに行ったのだろう。
 連絡をしてみようかと思い携帯端末を取り出して時刻に気が付いた。とっくに陽は昇りすでに昼を迎えていた。
 急いでベッド周辺に散らかしていた昨夜の残渣を片付け、バスルームに飛び込みシャワーで体に付着しているリナが残した性愛の痕跡を流した。 覚醒していく意識の中でリナはどこかに行ったのではなく帰っただけだと理解してきた。 その事実がいつもより酷く寂しく感じられ、リナの温もりが恋しくシャワーの温度を更に上げた。 夜になればまたリナはここに来る。そう自分の心に言い聞かせ無理に納得させる。
 時間がなく髪をざっと乾かし服を着て新譜の譜面をギターケースのポケットに仕舞い愛用のギターを提げて部屋を出た。 今日は昨日の晴天が嘘のように厚い雲が一面青い空を覆っていた。 どんよりとした天気が重い体とぼんやりとした頭にのしかかってくるようだった。  サイコ=パス検診の日だったため厚生省管轄の施設で受診してから仕事場へ向かった。
 スタジオで『アマルガム』のレコーディングを行った。
 正直、退屈な時間に感じられた。 大好きな音楽に囲まれた環境ではあるが、ぶつかり合うでもなく融合する感覚もなく物足りなさを感じずにはいられなかった。 昨夜の寝不足もあり欠伸をかみ殺すことに必死だった。
 ボーカルの歌声を耳にしても何も心には響いてこなかった。
 ボーカルが歌入れをしている間、今夜も部屋で待っているであろうリナのことを考えていた。
 早い時間ならば音楽を聴きながらソファに座って待っていた。 遅い時はベッドに入って起きている日もあればすでに眠っている日もある。 たとえ眠っていたとしても弥生が帰ってきた時には目を覚ましてベッドに迎え入れてくれた。 一度寝た振りをしていて弥生を驚かせたこともあった。 今夜は遅くなりそうだしリナも寝不足だから、きっと眠りながら待っているだろう。 ベッドで眠るリナの姿が瞼に映し出された。
 再びギターの音入れをしている最中に突然呼び出された。 レコーディング中だというのに何事かとギターを置きスタジオを出るとスーツを着た男が立っていた。男は厚生省の者だと名乗った。
 そしてその男にサイコ=パス検診の結果犯罪係数が百をオーバーしていると告げられた。
「誰のですか?」
 弥生は他人事のように訊いていた。
「あなたですよ。六合塚弥生さん」
「……あたし?」
 リナと出会い上昇し続けた犯罪係数も数ヶ月ずっと高いながらも安定し、意識し過ぎない方がいいと思うようになっていたため弥生はすっかり油断していた。
「そんな……一体どうして?」
 息を呑んだ。体が硬直し血の気が引いていくのが自分でも分かった。冷や汗が全身から滲み出す。
 なんで?どうして?どういうこと?弥生の頭の中で疑問が眩暈のようにぐるぐる回る。
「では、一緒に来てもらいましょう」
 言わなくても行き先はどこかはシビュラ統治下で生きている者なら誰もが知っていた。 犯罪係数がオーバーし潜在犯となった者たちが収容される矯正施設だ。
「ちょっと待って下さい!あたし帰らなきゃいけないんです。待っている人がいるんです」
 優しく微笑むリナの顔が脳裏に浮かぶ。そうだ、誕生日だって一緒に過ごそうと約束したばかりではないか。
「そうですか。ですがそれは今は無理です」
 抑揚のない声で男は表情のひとつも変えずに話す。
「犯罪係数が下がれば、また自由に好きなことが出来ますよ」
 永遠に続くと思っていた夢のように幸せな時間が終わりを告げ、冷酷な現実を突きつけられた弥生は天を仰ぎ呆然と立ち尽くした。
 この日シビュラ公認芸術家で『アマルガム』のギタリストとしての六合塚弥生は終焉を迎えた。



第一章  完








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最後まで目を通して頂きありがとうございます。
さて第一章「青」の物語はこれにて終了です。
書き終えた達成感よりも、書き終えてしまったという喪失感の方が大きいです。
ですが感傷に浸っている暇はありません。
ひとつの物語が終わっただけで、まだまだ続きます。

では第二章の公安局編でお会い致しましょう。

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