ノワールテレフォン!リンリンリン



 今日はミレイユが夕食を作っていた。
 珍しく霧香から、これが食べたい、というリクエストがあった。
 でき上がった料理を手に、ミレイユはテーブルで待つ霧香の元へ向かった。
 「お待たせ〜」
 お皿をテーブルの上に置いて、ミレイユも椅子に座った。
 「さ、食べましょう」
 ミレイユはフォークを手にし食べはじめたけれど、霧香はその素振りがなかった。
 「ねぇ、ミレイユ。チーズは?」
 固形のチーズのことだと思い、買ってないと答えようとしたけれど、粉チーズのことと気付き、
 「普通、かけないでしょう」
 と答えた。
 すると霧香は急に立ち上がり叫んだ。
 「ペペロンチーノにチーズかけたっていいだろ〜!」
 「・・・そりゃ、かまわないわよ」
 突然の激怒に驚きながら、ミレイユはキッチンから粉チーズを取ってきた。
 霧香は嬉しそうにそれをペペロンチーノにバサバサと大量にふりかけた。
 「ねぇ、ミレイユ。ヤンバルクイナって知ってる?」
 雪のようにチーズが降り積もっているペペロンチーノを頬張りながら、霧香は真剣な顔で訊いてきた。チーズが口の端についている。
 ミレイユは記憶にあるあらゆる言語の中から、その言葉を探したが思い当たらず、
 「知らないわ」
 と、首を横に振ると、霧香は激しく落胆した。
 「ごめんね」
 何も悪くないのに、思わず謝ってしまうミレイユ。
 しばらくは二人とも何も喋らず、黙々と食事をしていた。
 「ねぇ、ミレイユ」
 突如口を開いた霧香に、次は何を訊かれるのだろう、とミレイユは身構えた。
 「お好み焼きドンブリってどう思う?」
 再び真剣な顔で霧香は訊いてきた。口の周りについているチーズの量が増えている。
 「は??」
 パリジェンヌのミレイユに、お好み焼きもドンブリも知るはずがなかった。
 「お好み焼きをドンブリにするのは、どうかなって思うのよ。だいたい、お好み焼きとご飯って合わないと思わない?」
 チーズを口の周りにつけて、フォークを振り、熱弁する霧香の姿は実に滑稽であり、可愛いと思ってしまうミレイユであった。
 「・・・そうね」
 余りにも気分良さげに喋っているので、話の腰を折るのも悪いと思って、ミレイユは適当に相槌を打った。
 「あ、でも、大阪の人ってお好み焼きをおかずにご飯を食べるって聞いたことがあるような・・・。実は案外いけたりして。あ〜、なんだかお好み焼きドンブリが食べてみたくなってきた。今度試してみようか、ミレイユぅ」
 今更、お好み焼きドンブリが何なのか訊けないミレイユは、
 「そうね、今度ね」
 と、笑顔を作り答えた。今度というのは得てして、やってこないものである。
 「ごちそうさま」
 「待って」
 食べ終えた霧香が食器を手にキッチンへ行こうとしてるのを、ミレイユは呼び止めた・・・つもりだった。
 霧香はクルクルと廻りだし、踊り始めた。
 「何してるの?」
 「だって、ミレイユが舞ってって言ったから・・・」
 「違うわよ。ちょっと待ってって意味で言ったの」
 「舞い過ぎたの?ちょっとで良かったの?」
 「・・・いいから、こっちへ来なさい」
 「・・・はい」
 霧香は素直にミレイユの側にやってきた。
 「もう、こんなにいっぱいつけて」
 ミレイユは人さし指で、口の周りについているチーズを拭ってやった。
 それを拭き取るものが見つからなかったので、ミレイユは自分の口の中に入れた。
 霧香はそれを見届けると笑顔になり、リンリンリンと何やら口ずさみながらキッチンへ向かっていった。




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