ノワール劇場 バスがくるまで



 都会のとある一角にミレイユと霧香がよく利用するバス停があった。


 「遅いわね、バス」
 腕を胸の前で組んで車が向かってくる方を見ながらミレイユが言った。
 多少渋滞しているため、バスが定時よりも遅れていた。
 「ミレイユ、ベンチがあるよ」
 と言って霧香が青いベンチに駆け寄っていく様子を目で追ったが、ミレイユは再び車道へ視線を戻した。
 バキャッ!!ガン!!
 ミレイユは何事かと驚いて音のした方を振り返った。
 「あれ?ミレイユ、どうして横になっているの?」
 「ってあんたが倒れているんでしょうが〜!!」
 片側のベンチの足が折れ、霧香は見事に転んでいた。御丁寧に座ったままの姿勢で。
 「恥ずかしいでしょう。早く起きなさい」
 そう言って手を差し出したミレイユに霧香は、
 「白のレース・・・」
 と、呟いた。
 「どこ見てるのよ」
 「痛いよ〜。ミレイユぅ〜」
 差し出した手でミレイユは霧香のほっぺたをつねっていた。そして、そのまま霧香を起こした。
 ジンジン痛むほっぺたを押さえながら半ベソだった霧香だが、何かを見つけ表情が変わった。
 「焼そば・・・」
 そう呟いた霧香の視線の先には、露店の焼そば屋があった。
 「焼そばって何?」
 日本の食文化に疎いパリジェンヌのミレイユが訊ねるが、霧香は聞く耳を持たず店へ駆け寄って行った。
 しかし後一歩というところで、突然霧香の前に人影が現れた。
 「焼そば、全部下さい」
 「あいよ〜」
 人影の正体は、アルテナだった。
 「・・・・・」
 呆然と立ち尽くす霧香を尻目にアルテナは立ったまま流暢に箸を使い焼そばを食べ始めた。
 指をくわえて羨ましそうに見ている霧香にアルテナは、
 「おいし〜い」
 と、とどめの一言を発した。
 たった一歩遅かったがために焼そばを食べられなかった霧香はとうとう泣き出してしまった。
 「そんなことぐらいで泣かないでよ!バカじゃないの、霧香は。あんた17才でしょう!!」
 ミレイユの叱咤に霧香は、
 「だって自慢するんだもん!!」
 と、泣きながら訴えるのであった。
 ♪悔し涙ぽろり〜♪
 「もう、あんたってホントよく分からないわ」
 すっかり呆れ返るミレイユ。
 「私には分かります」
 「え〜!?」
 驚いてミレイユは声の方に振り返ると、アルペンローゼを手にしたクロエがいた。何故かクロエはこちらではなく全然違う方を向いている。アルペンローゼの香りを嗅ぐと、優雅に投げ捨てた。
 「あなたのその悲しみが、私には分かります」
 そう言ってクロエは霧香の方へ歩いて行った。
 「分かるって、クロエ。あんたいつもアルテナにご飯独り占めされてるの?」
 ミレイユの問いに聞こえていないかのように一切何も反応せず、クロエはすっと霧香と並列に立った。そして、勢いよくマントから手を出すと、そっと霧香の両肩に手を置いた。
 「ちょ、ちょっとあんた。霧香に何するのよ!」
 焦るミレイユ。霧香は満更でもないようなうっとりとした表情を浮かべている。
 「汚れちまった悲しみに
  今日も小雪の降りかかる
  汚れちまった悲しみに
  今日も風さえ吹きすぎる
  ・・・中原中也」
 言い終えるとクロエは颯爽と去って行った。
 「何だったの、あれ??」
 ミレイユは不思議そうにクロエの後ろ姿を見送った。
 「それにしてもクロエって、あの格好で昼間からうろついていると変質者にしか見えないわよね」
 ミレイユがそう言った側から、クロエは警官に呼び止められ職務質問されていた。
 やっぱりね、と頷くミレイユ。
 「君、名前は?」
 「クロエ」
 「職業は何を?」
 「私は真のノワール」
 「??だから職業は何かねと訊いてるんだ」
 「真のノワール。私とあの娘は特別」
 クロエと警官は押し問答をしていた。
 「私、帰る」
 沈んだ表情の霧香がそう言うと、どこかへ歩いて行こうとした。
 「ちょっと霧香、帰るって、帰るためにバス待ってるんじゃない。・・・まさか歩いて帰る気なの?ここからじゃ優に2時間は掛かるわよ」
 霧香の手を掴み呼び止めるミレイユ。
 「あっ!でも、あんたってパリから荘園まで歩いて行ったのよねぇ。だったら平気か」
 冷たいミレイユの言葉に更に涙ぐむ霧香。
 「じょ、冗談よ。バス、もうすぐ来るだろうから待ってましょう」
 「・・・いや。帰る」
 「いい娘だから、ね」
 「いや!!」
 「甘ったれるんじゃないわよ〜!!」
 気が長い方ではないミレイユは遂にブチ切れてしまい、霧香を張り倒した。
 「たかが焼そば食べられなかったからって何よ!!そのくらいで泣くこたーないじゃない!あたしなんかね、とあるコーナーで『女好き』とか『浮気性』だとか、ありもしないことを散々書かれているのよ!!泣きたいのは、こっちの方よ。それでも、こうして懸命に生きてるの!!嘘八百並べられているあたしの気持ち、分かる?ホントはね、一途なのよ。あんな人格じゃないのよ!あたしはね、あたしはね。霧香一筋なのよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
 「よいしょ」
 まるで何事もなかったかのように霧香は立ち上がった。
 「あっ・・あう・・・」
 どさくさに紛れて言ってしまった言葉にようやく気付いたミレイユは、見る見るうちに顔が真っ赤に染まっていった。
 ぶっぶー!
 「あっ、ミレイユ。バスが来たみたい」
 「・・・・・」
 ミレイユは硬直したままだった。
 その頃クロエは、未だ警官と押し問答を続けていた。
 一方アルテナは・・・63人前の焼そばを平らげていた。


 今日もまた賑やかにバスを待つミレイユと霧香であった。




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元ネタはハロモニ。のコントです。
焼そばは・・・あれですね。(笑)
果たしてネタが分かった人はいるのだろうか・・・。