信念と明日
気が付いた時には思ってもみなかった状態や、想像もしていなかった状況に陥っている。そんなことが関羽には多々あった。
ひとり旅をしていたはずが気が付けば仲間ができ、今では桃花村で義勇軍を率いるようになっている。
振り返ればいつの間にかそうなっていたように思う。
そして、また今、関羽は思いもよらぬ状況に陥っていた。
寝間着に身を包んだ関羽は曹操の閨で呆然と立ちつくしていた。
曹操がこの場にいないこと。それがまだ関羽を冷静でいさせている。
関羽はため息を吐き、どうしてこうなってしまったのか、記憶の糸をひとつひとつたぐり寄せてみる。
ことの発端は間違いなく、昼間の馬超の話だろう。
隣町に出向いていた馬超がある話をひっさげて戻ってきた。
それは『曹操が討たれた』という衝撃的な内容だった。
詳しく聞いたところ命には別状がないとのことだが、かなりの重傷だという。なんでも曹操に女を取られた男が逆上して襲撃してきたとか。
そう易々とあの曹操がやられるだろうか、と思った関羽の疑問は趙雲が先に問うていた。だが馬超も聞いた話なのでどこまでが本当かは分からない、と言う。もしかするとただの噂話かもしれないし、それとももっと深刻なことになっているかもしれない。
その後も趙雲が馬超に更に詳しく何か質問していたようだが、すでに関羽の耳には入ってこなかった。
曹操のことが気になり、それで頭がいっぱいになっていたからだ。
この目で今の曹操の現状を確かめたい。
結局、関羽のその提案から曹操がいる軍の拠点へと向かうことになった。村を全員で空けるわけにもいかないので、関羽、張飛、趙雲の三人で行くことにした。
久しぶりの三人旅だったが、それを楽しむ余裕は関羽にはなく、ただひたすら曹操の身を案じていた。
曹操が構える軍の拠点に着いた頃には、すでに日が暮れていた。
出迎えてくれたのが曹操ではなく夏候惇であったことに関羽は不安を感じたが、当の本人はただ出かけて留守をしているだけだと言う。
ここに来た経緯を話すと、夏候惇は笑って否定した。
「確かにそんな恨まれ方をすることはあるかもしれませんが、私たちがついている限り我が主に傷ひとつ付けさせはしませんよ」
夏候惇の言葉に一安心はすれど、だが関羽の心のもやもやはまだすっきりとは晴れなかった。未だこの目で曹操の姿を見ていないのだ。もしかすると今この留守の間に起こったことで、夏候惇が知らないだけかもしれない。そんな不安が関羽の頭をよぎる。
日も暮れたことだしここまで出向いてくれたのだから泊まっていくといい、と夏候惇に勧められ、関羽達はその言葉に甘え、そして更に食事までご馳走になった。豪勢な食事に張飛は喜び、趙雲の好物であるメンマも用意されていた。
客人として丁重に扱われ、食事後お風呂も頂き、寝間着を借り客間へと案内された。
ここまでは何も問題はなかったはず。と、関羽は思う。
この後、関羽だけが夏候惇に話があるから、と呼び出されたのだ。張飛はすでに眠りかけていて、趙雲はどこから持ち出したのか夜食にメンマを頬張っていた。
夏候惇と歩きながら、やはり曹操の身に何か起きているのだろうか、と関羽は不安を抱いていた。だが彼女は何も話すわけでもなく、ただ黙々と歩くだけだった。
不穏に感じた関羽が声をかけようとした時、夏候惇はふと足を止めた。そして関羽の方に向き、厳かに話し始める。
「ここは、我が主の閨です」
「……?」
「今はまだ少々込み入ったことがあって戻られてはおりません。あなた方がここに来られていることは、まだ知らせておらぬ故、ここで待つも客間へ戻るも、関羽殿、あなたの意志に任せます」
それだけを言い残し、夏候惇は関羽の背中を押し姿を消したのだった。
こうして関羽は訳の分からぬまま曹操の閨に立ちつくす羽目に陥っていた。
考えてみれば夏候惇の様子がおかしかったようにも思える。突然の来訪だった割には特に驚いた様子もなく、まるでわたし達が来ることを分かっていたかのように手際よくもてなしてくれたではなかったろうか。いや、彼女なら元来手際よくなんでもこなしてしまう人のようにも思う。そもそも馬超の話からして疑わしくなかったか。もしかすると誰かがわたしをここに来させるために仕組んだことでは。まさか、これは……孔明の罠か!?
関羽はすっかり疑心暗鬼に陥っていた。疑い始めたらきりがない。
だが今はそれよりも先に考えなくてはいけないことがある。これからどうするかだ。ここで曹操と会うことがどういうことか関羽でなくとも分かることだった。薄暗い部屋の中央にある寝床が蝋燭の明かりに照らされそれを主張しているようだった。
関羽自身はそうなることを望んではいなかった。
だったらすぐに客間へ戻ればいいのだが、それもできずにいる。やはり曹操の姿を見ていないのがどうしても気がかりだったのだ。
関羽としてはひと目曹操に会ってから戻りたいと思っていた。だが二人きりで会ってしまえば、あの曹操相手に何事も起こらず帰られる自信は関羽になかった。
とりあえず今晩は戻って明日の朝に会うことにしようかとも考えてみるが、それも曹操のことが気になって寝付けないだろうことも想像がついた。
戻るか留まるか。
足を進めては戻り、戻っては進み、と何度か繰り返し考えていた時だった。
「関羽?」
突然の呼ばれる声に、関羽は心臓が飛び出るくらい驚いた。顔も体も強張らせながら振り返ると、金色の独特の巻き毛をしたどこからどう見ても曹操である人物が寝間着姿で怪訝そうな顔をして立っていた。だが関羽の顔を確認するや否や、口元に笑みを浮かべいつもの自信に満ちた表情になる。
「どうしてあなたがここにいるのかしら?」
明らかに今の状況を楽しんでいる口調だった。
返答に困っている関羽を横目に曹操は寝床まで歩いていくと、足を組んでそこに腰を下ろした。白い足が寝間着から艶めかしく露わになる。
関羽は動揺し狼狽しながらも、心の中ではほっとしていた。本当に曹操は何事もなく無事だったのだ、と。
だが安心ばかりはしていられない。今度は我が身に危機が迫っているのだ。
「えっと、あの、その……。これには色々と事情があって……」
どう話をすれば曹操にこれまでの経緯を納得してもらえるだろか。
馬超が聞いてきた話から延々と話していけば、とも思ったがもうすでに曹操に何を話そうが無駄なことのように思えてきた。それに関羽は簡単に嘘や出任せを口にできる性格ではないので、そうして逃れる術も思いつきもしない。
どうすればいいのだろう。焦りながらも関羽は思考を巡らす。
「そう。立ち話も何だから、こっちにきて座ったら」
自分の横をぽんぽんと手で叩きながら曹操は言う。
そこに行ってしまうことがどれだけ危険か関羽には分かっていた。
「あっ、いや。わたしはただ曹操殿に礼が申したくて」
そうだ。礼だけを伝えて逃げるようにここを離れよう。感謝の意を伝えたかったのも嘘ではない。
関羽は唯一の退路を見つけた気がした。
「この間、曹操殿が兵を出して頂いたお陰で助かりました。本当にあの時は……」
「ああ、あれね」
関羽の言葉を途中で遮るように、そんなこともあったわねとでも言いたげなくらい曹操は全く関心がない返事をした。
「それで、わざわざそんなことを言いにそんな姿で私の閨に来たの?だとすればこれはその時のお礼だと思っていいのよね」
「え、えっと、その、それは……」
何か言おうにも関羽はもう何も言葉が思いつかなかった。
口角をつり上げて笑みを浮かべる曹操の瞳が、蝋燭の明かりに照らされ妖しい光を放つ。
もう逃げられない。退路を失ってしまった。関羽はそう思った。
そのことを察したかのように曹操は立ち上がると、関羽の腕を引き寝床へと引きずり込んだ。
曹操の下になりながら、そういえば前にも同じようなことがあったな、と関羽は思い出す。あの時は馬超の命を救うためだった。
「あなたとずっとこうなることを考えていたわ。ようやく念願が叶うのね」
関羽を見下ろしている曹操が慈しむようにその頬を撫でた。
「わたしは……そんなつもりでここにきたのではない」
ようやくそれだけ声を絞り出すように関羽は言った。
「どんなつもりだろうと、関係ないわ」
曹操の顔が関羽に近づいてきた。
唇を奪われる。
そう思った関羽は目を瞑り、体を硬直させた。
だが唇には何の感触もないままだった。
「関羽」
曹操の声が耳の間近からする。関羽の唇にくると思われた曹操の唇は耳の側にあった。
そしてそこから甘い吐息と共に言葉が囁かれる。
「簡単なことよ。嫌ならあの時のように押しのけてしまえばいい。刺客なんていなくてもね」
関羽ははっとした。
どうしてわたしはもう退路がないなどと思ってしまったのだろう。自分よりも小柄な曹操を押しのけることなんて容易いこと。事実、一度そうしている。何故そんなことすら思いつきもしなかったのだろう。
そして答えは簡単に導き出された。
逃げられない状況を自分で作り出していたのだ。
そう気付いた途端、関羽の体から力が抜けていった。
そしてそれが合図でもあったかのように、曹操の唇が関羽に触れた。
ただ耳に触れただけで、全身に鳥肌が立つほどゾクゾクと震えがした。
「あっ……」
息を吹きかけられると、たまらず声が漏れる。
温かく湿ったねっとりとした舌が這うと頭の中が真っ白になり、ただ無我夢中で曹操の小さな体にしがみついていた。
曹操の息づかいと舐めている湿った音が耳から直接頭の中に響いてくるようで、それが関羽の興奮を更に昴らせていく。
やがてそれは耳から首筋へと移っていった。
耳とは違い、少しくすぐったいようなそれでいてぞわぞわする新たな快楽がもたらされる。
唇の愛撫が止み、曹操の体の重みを感じなくなると、関羽はゆっくりと目を開けた。曹操はただじっと関羽を見下ろしている。
「好きよ、関羽」
曹操の唇から発せられた言葉は、今度は関羽の心に快感をもたらせた。
曹操の顔が近づいてくると、目を閉じながら関羽は思う。この次にこの唇はどんな快楽を与えてくれるのだろうか。
柔らかな曹操の唇を関羽は同じもので受け止めた。下唇を軽く吸われるとすぐに離れ、名残惜しく感じた関羽に答えるかのように、また交わる。
何度かそれを繰り返した後、突然違う感覚に襲われ、関羽は戸惑った。とっさに逃れようとするが、すでに曹操の手が関羽の顔を押さえ込んでおり、身動きが取れない。
曹操の舌が関羽の口内に侵入してきた。
それを追い出そうと舌で押すと、逆に絡みつかれ、ついには関羽の口内を我がもののように隅々まで動き回っていった。
息苦しさと気持ちよさで関羽は身をよじらすが、貪欲な曹操の唇はなかなか離れてはくれない。
ようやく解放された時には、息は乱れ、全身にうっすらと汗がにじみ出てきてた。片や曹操は頬を上気させているものの、息も乱さず、口の周りに付着しているどちらのものともつかなくなった唾液を手で拭っている。
「邪魔なものは取ってしまいましょう」
二人を隔てていたお互いの寝間着を曹操が器用にするすると脱がすと、邪魔なものであるそれをぞんざいに投げ捨てた。
一糸まとわぬ姿が恥ずかしく、右腕で胸を、左腕で下半身を隠そうとするが、曹操にあっさりと払われ露わにされた。
「綺麗な体ね」
曹操の人差し指が、関羽の鎖骨をなぞると、胸の谷間を伝い体の中央を下りていく。ただそれだけで全身が震えるほどの悦びを感じた。
指はへそまでたどり着くと、上へと戻ってくる。そして関羽の豊かな乳房を包み込んだ。指がその一番高い部分に触れられる。
「んっ、んんー」
下唇を噛んで必死で声を抑えようとする関羽に曹操は耳元で囁く。
「ダメよ、関羽。我慢しないでかわいい声を聞かせて」
指の動きを止めることなく曹操は続けて言う。
「ふふ、だんだん固くなってきた」
「いや……あっ、ん……やっ」
「ん?いやなの?ねぇ、やめて欲しいの?」
そう言いながらも曹操の指は止まらない。やめて欲しくないと思う関羽は小さな子供が嫌々するように首をふるふると横に振った。
ふふふ、と笑いを耳元に残して曹操は顔を関羽の胸へと移動させ、指で弄んでいたものを口に含んだ。唇で挟み、舌で転がし、時には痛みを感じさせない程度に歯を立てた。関羽はもう声を抑えることもなく身をよじらせ全身で快感を現した。
曹操の右手が胸から体側を伝い腰から太股へと下りていく。そして太股の内側へ移りその付近を撫でる。その手が徐々に股の中央に近づいてくる。抵抗のため関羽は脚を閉じようとするも力が入らずだらしなく開いたままだった。
「相変わらずしっとりつやつやね」
しばらく茂みの感触を楽しんだ後、曹操はついにその奥へと指を滑らせた。
「あぁっ」
大きく呻きながら関羽は身を震わせた。
「すごい。関羽のここ。いっぱい溢れだしているわ。分かる?」
分かってはいたが素直に認めたくない関羽は首を横に振る。そんな関羽に曹操は花びらの中心をなぞり溢れだしている蜜を指に絡め取ると、わざわざ目の前でそれを見せつけた。
「ほら、こんなにも濡らしてる」
ねっとりと付着している関羽の粘り気のある蜜を中指と親指を広げ糸を引かせて見せた。
「もっと気持ちよくしてあげるわね」
その指についている蜜を舌で舐りながら曹操が言った。
その時関羽は恐怖を感じていた。これ以上のことをされてしまったら自分がどうにかなってしまいそうで怖かった。未知の領域への恐怖。だが同時にそれへの欲望も感じていた。そして欲望が恐怖を凌駕し、関羽は曹操を受け入れる。
曹操の中指は関羽の蜜が溢れる源へとするすると侵入していった。
「ねぇ、関羽。今、私はあなたの中にいるのよ」
指の長さ以上にもっと奥深くまで、どこまでも深く曹操に入り込まれているような感覚だった。
ゆっくりと指が動き始めると、関羽は身もだえ曹操の体にしがみつく。
関羽の内壁を押したり擦ったりと、次第に指の動きが激しくなるに連れ、蜜は更に溢れ出し、体温の上昇と共に快楽も昇っていく。関羽と曹操の指が奏でる湿った音と、耳元で聞こえる曹操の乱れた呼吸が更なる拍車をかけた。
そんな時にふと、曹操の指が静止した。関羽はたまらず下半身をもぞもぞと動かし刺激を求めてしまう。
「大丈夫よ。こんなところでやめたりしないから」
指を沈めたまま曹操はうっとりした表情で言い、関羽は恥ずかしくて頬を紅潮させた。
曹操は自分の体を移動させ、関羽の足の間に入り込むと、中に食い込まれている指と掌にまで溢れだしている蜜をじっくりと眺めていた。
「やっ……見ないで……」
視線を感じ、それだけでも体が感じ、関羽は曹操の指を締め付ける。
再び指を動かし始めると曹操は体を屈め、その前方にある小さな突起に口付けをした。
「はぁっ、んんっ」
たった軽く触れられただけなのに、体が大きくうねる程の衝撃だった。
曹操は空いている左手でその突起の皮を捲ると舌で舐め始めた。右手中指は関羽の中で絶えず動かし続けている。
「だ、だめ……そんなにされたら……あっあぁ……」
大きな快楽の波が押し寄せてきているのを感じた。曹操の指と舌の動きがその波を一気に引き寄せる。
「いっ、いい……あっ、んんんっ」
関羽は体を震わせその波に包まれた。そして徐々に全身の力が抜けていく。
曹操は指を抜かずまだ痙攣を続けているそこを感じながら、うっすらと涙を浮かべ絶頂を迎えた関羽の顔を愛おしそうに見ていた。
「んっ……」
波が完全に引いたことを確認してから指が引き抜かれると、関羽の口から吐息が漏れた。曹操の指が自分の体の一部と化していたかのように、抜かれた時の方が違和感を覚えた。
「気持ちよかった?」
ぐったりと脱力している関羽の横に添いながら曹操が訊いた。
関羽はもじもじと照れながらも正直に答える。
「とても……よかった、です」
曹操は関羽の美しい黒髪を撫でた。それが心地よく、快楽の後の気だるさと相まって関羽は眠気に襲われてくる。
「関羽」
曹操が今にも眠りに落ちてしまいそうな関羽の手を取ると、自分の局部へと導いた。
人の体にこんな熱くなる部分があるのかということに驚き、そしてまたその部分がぐっしょりと濡れていたことに更に驚き、関羽の眠気はどこへやら吹き飛んでいった。
まだわたしは曹操殿には触れてもいないのに。関羽はその驚きを顔に現していた。
それに気づいた曹操は視線を逸らし頬を染めながら、
「あなたのかわいい姿を見てたらこうなったのよ」
と、口を尖らせるようにして言う。
そんな曹操を愛おしく感じ、関羽はそのまま中指を曹操の中へと滑り込ませていった。留まることなく根本まで入り、そしてその曹操の中は熱く指が溶かされてしまうのではと思う程だった。
「んんっ」
曹操は顔を歪めた。
「苦しい?」
苦しそうな表情に見えた関羽はそう訊いていた。
「違うわ。だからお願い。そのまま動かして」
どう動かしていいものか戸惑いながらも、熱く湿った曹操の中を自分がされたように関羽は指を動かしてみる。
だがやはり曹操が苦しそうな顔をしているように見え、上手くもっと刺激を与えてあげることができたのならば気持ちよく感じてもらえるのではないかと、関羽は思った。
なので自分がされて気持ちよかったように口でも曹操を愛そうと体を起こしかけるが、まだ余韻が残っていたらしく内股が小刻みに震え、力が上手く伝達しなかった。体勢を変えることができそうにない。
それにそもそも顔を下に持っていくと曹操の表情が見ることもできなくなる。どうしたものか、と悩んでいると指の動きがおろそかになっていた。
「どうしたの?」
「いや、その、どうすれば曹操殿の顔を見ながらもっと気持ちよくしてあげられるのだろうかと考えていて……」
足に力が入らない。ということは黙っておくことにした。
ふふ、と曹操が笑うと、中の指にまで振動が届いた。
「そのままでも充分だから、続けて」
言われるままに関羽は指を動かし、曹操の中をかき回した。曹操はその動きを更に感じるように腰を振る。
「ねぇ、関羽……もっと……もっと……」
切ない声を曹操が出す。関羽にはそれが尚更曹操が苦しんでいるように思わせた。
早く苦しみから解放させてあげたい。関羽はそう思い、手に力を込めた。曹操の関羽の指を締め付ける力も強まる。
曹操の肌が赤く染まっていき、体温が上昇し、息の乱れが大きくなっていく。
「いい、あっ、んん……いきそう……ん、んんんーっ」
小さな体を丸め、曹操はその体を震わせた。
ようやく苦しみから解放されたのだと関羽は思った。今が最高に気持ちよさそうな顔を曹操がしていたからだ。
指を抜くと外気に晒されひんやりと感じた。曹操から溢れだしたものがたっぷりと付着している。舐めてみると決して美味しいと言えるものではなかったが、それでも曹操のものだと思うと愛おしくて関羽は指を口に含んでいた。
曹操を気持ちいいところへ導くことができ、関羽の心は満たされた気分になっていた。だが、満たされない飢えた部分がある。再び曹操の指が、唇が、舌が欲しいと体がねだり始めていたのだ。
肩で息をし、果てている曹操を見ているとそれを言い出すことができず、その体を抱きしめた。関羽の背中に曹操の腕が回される。
初めてのことで余裕もなく必死だったため、ようやく今、曹操の滑らかな肌の気持ちよさに気付いた。ただこうして肌を合わせているだけで心も体も温まり幸せな気分になった。人がどうして肌を合わせたがるのかが分かった気がした。
いつの間にか眠っていたらしく目を覚ますと、きちんと肩まで毛布を掛けられた関羽は曹操の腕の中にいた。小さな寝息を立てて曹操は眠っている。その安らかな寝顔はとても軍を率いる長には思えず、どこにでもいる女の子のようだった。
その愛らしい寝顔をもっと見ていたかったが、曹操の腕の中の心地よさに再び眠りに落ちていった。
次に目覚めたのは裸のままの曹操が寝床から降りていく時だった。まだ辺りは暗く、夜が明けてはいないようだ。
「曹操殿?」
どこかに行ってしまうのでは、と関羽は不安げに名を呼んだ。
関羽の頬を手で撫で軽く唇を重ねると、曹操は部屋の片隅に置いてある杯に水分を注ぎ寝床へ戻ってきた。
「あなたも飲む?」
喉が渇いていたこともあり、関羽は体を起こし毛布を左手で落ちないように押さえながら曹操から杯を受け取った。散々見られた後だというのに、まだ裸体を晒すことに関羽は恥じらっていた。
一口含むと喉が焼けるように熱くなりむせ込んだ。
「げほっげほっ。こ、これは酒?ごほっ」
「そうよ。小麦から作った強いお酒よ。寒い土地で作られているみたい。なんて言う名前だったかしら?」
曹操は少しだけ考えて、その名前が思い出せず結局どうでもいいと判断したのか諦めた。
「わたしは酒が飲めぬのだ」
まだ喉が熱い。
曹操は杯を関羽から受け取ると、背を向け寝床に腰を下ろした。
ふと曹操の背中に赤い筋が所々にあるのに気が付いた。白い肌に赤はとてもよく目立たせる。
「曹操殿、その背中はもしかして……」
曹操は杯の半分ほどを飲み、
「ああ、やっぱり痕がついているのね」
と言う。
「それは……」
「そうよ。これはあなたが私を求めた痕よ。まぁ、私にとっては勲章みたいなものだから気にしないで」
そう言うと酒を飲み干し、空になった杯を枕元の台の上に置いた。
「申し訳ない」
「ふふ。そう思うのならあなたの口で消毒でもして欲しいわ」
白い綺麗な肌に浮かぶ赤い指の痕はとても痛々しく見えた。
関羽はその赤をなぞるように舌を這わせる。
全て消毒を終えると関羽は後ろから曹操を抱きしめた。
もうどこにも行かないで欲しい。ずっとあなたとこうして抱き合っていたい。その時関羽は本気でそう思っていた。
「私の軍に入りなさい、関羽」
「え……」
突然の話に関羽は戸惑った。
「あなたが腕の立つ武人でもあることは知っているわ。その力が欲しいと言っているの」
関羽に向き合って座ると曹操はその手を取り言った。視線を合わさず、黙ったままの関羽に曹操は続けて言う。
「今あなたのいる義勇軍ごと引き受けてもいいわよ」
関羽が一番始めに頭に思い描いたことは張飛のことだった。姉妹の契りを結びこれからもずっと一緒にいると約束した張飛。だが曹操は義勇軍ごと引き受けてくれると言っているので二人が引き離されることはないだろう。
だけど関羽はまだ返答できずにいた。その様子に曹操も苛立ちを隠せない。
「何か不満でもあるの?」
「そんな不満だなんて……。ただ……」
「ただ?」
その先の言葉を催促するように曹操は訊き返す。
関羽は一息ついて頭の中を整理してから話し始めた。
「曹操殿は何故軍を率いていらっしゃるのですか?」
質問が返ってくると思っていなかったのか曹操は眉をひそめたが、関羽の真摯な態度にすぐに答えた。
「それは野望のためよ」
「野望?」
「そう。この大陸を制覇するという野望よ。今はまだ官軍の将という立場でしかないけれども、いずれはしてみせるわ」
拳を握りその手で大陸を掴むかのように曹操が言う。
関羽は曹操がそのような野望を抱いていたことを意外に思えたが、次に発せられた言葉で妙な納得をしてしまう。
「大陸中の美少女をこの手に入れる。そのための大陸制覇よ。まだ見ぬかわいい女の子達がこの大陸中には潜んでいるはず」
「はぁ」
曹操らしいと言えばそうなのだが、なんだか複雑な気分で苦笑いをしながら関羽は相づちを打った。
一呼吸おいて気を取り直し、関羽は真剣に曹操と向き合う。
「では曹操殿は女の子を手に入れる目的で大陸制覇を目論み、それで戦をするためにわたしの武人としての力が欲しいと」
「そうなるわね」
「……」
曹操が自分以外の女の子を寵愛することはもちろん嬉しくはないことであるが、この人が端からこうだということは関羽も重々承知の上だった。だから今更とやかく言うつもりもない。それでも自分は特別に扱ってくれるだろうと自惚れもあるかもしれないが思っていた。
だが、関羽は……。
「すまない。やはりその話は引き受けることができない」
はっきりとそう言った後、関羽は慌てて言葉を付け足した。
「いや、決して曹操殿が嫌とか、嫌いというわけではなく……その、むしろ好きって言うか……あの、ええーっと……」
語尾を濁し、しかも声が小さくなっていったので関羽の言葉は曹操の耳にはどこまで届いていたか。
「そう、分かったわ」
「え?」
「なによ、そんなに意外そうな顔をして」
きょとんとしている関羽に、心外だわと言いたげな表情を曹操はしていた。
「てっきりもっと……」
「もっとしつこく言い寄ってくるとでも思ったの?」
関羽は笑って誤魔化そうとしたが、明らかに肯定しているとしか曹操には思えなかっただろう。
「私はね無理強いするのは主義じゃないの。本気で拒絶していないのなら別だけどね。さっきの誰かさんのように」
「さっき?」
にやにやと微笑む曹操を見て、さっきというのが何を指しているのか気付き関羽は顔が火照った。曹操はそれにいつから気が付いていたのだろうか。もしかすると関羽自身が気付かぬ内からすでに悟っていたのかもしれない。
「でも残念だわ。あなたを側に置いておけないのは」
曹操が関羽に指を絡ませながら言う。
この曹操の誘いを断ったということは、側にはいられない。それを意味していた。無論、関羽はそれを承知の上で返答している。
「曹操殿、私は強くなりたいと思っている。大切な人を護れるように」
側にいて曹操を護りたいという想いもあったのも事実。だが敢えてそれは口に出さなかった。関羽自身も曹操にも未練が残ってしまうのが嫌だったからだ。
「だが争いは、戦は嫌いだ。護るためには戦うが、何かを奪うため、手に入れるためには戦いたくはない」
「私だって戦は好きじゃないわ。だって閨にしけ込んでる方がずっと楽しいに決まってるじゃない」
そう思うでしょ、あなたも。とでも言いたげに曹操は関羽を見ていた。否定はできないものの、どう返答していいのやら関羽はたじろいだ。
「だけど、欲しいもののためには戦うわ」
曹操のその言葉には揺るぎのない意志が感じられた。
目的も手段もはきっりとしている曹操に関羽は強い羨望を覚えた。
「わたしは天下泰平を目指して賊退治をしているものの、一向に世の乱れは治まらない。ただこうして賊退治をしているだけでいいのやら正直分からなくなってきている。世の中を変えたいと思って旅を始めたはずだったのだが……結局何も変わってはいないのだな。旅の意味ってあったのだろうか」
自嘲気味に独り言のよう関羽は呟いていた。
「あなたが旅をしていたから出会えたんでしょ、私たち。それに考えてるだけじゃなく、ちゃんと行動してるじゃない。賊退治も天下泰平には必要なことだと思うわ。だからもっと自信を持ってもいいんじゃない」
そうだった、と関羽は思う。張飛を始め、趙雲、孔明、馬超、黄忠といった仲間。そして曹操。皆、旅を通じて出会えたのだった。関羽にとって大切なかけがえのないものを旅をして手にしていた。世の中は変えられなかったかもしれないが、何より関羽自身が変われたようにも思う。
「分かったわ!」
急に何かを閃いた曹操は楽しげにそれを話し出す。
「私が大陸制覇をして、ついでに天下泰平な世にしてしまえばいいじゃない」
ついでに、とは如何なものかとも思ったが、やはり曹操にはかわいい女の子の方が重要なのだろう。そう察した関羽は口出ししなかった。
「そうすればもう戦をする必要もなくなる。その時は関羽、あなたはもう私の誘いは断れないってことよね。そうと分かれば、さっさと大陸制覇をしちゃわなきゃ」
関羽は堪えきれなくなり笑ってしまい、曹操を不機嫌にしてしまった。
「すまない、曹操殿があまりにも簡単に大陸制覇だというものだから、つい」
曹操の手にかかると、まるで女の子を手中に収めるがごとく、易々と大陸をも手に入れてしまえるような言い方だった。
「私は本気よ。欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れる」
不思議なことに曹操なら本当に実現させてしまいそうだと思えてくる。
だけどだからといって曹操にだけ天下泰平を任せておくわけにはいかない。ついでにやられてしまったのでは関羽の立つ瀬がない。それに戦に身を置くということは曹操に危険が生ずる。できることなら一刻も早く、本当は曹操が戦を始めてしまうまでに天下泰平にしたい。曹操の野望がある限り相反する関羽の望みであるそれが実現できないことも分かってはいたが、それでも端から諦めたくはなかった。
「大陸制覇。その時が楽しみだわ」
その時、それがいつ訪れるのかは分からない。もしかすると近い未来なのかもしれないし、または訪れることのない未来かもしれない。先のことなど誰にも分からない。ただひとつはっきりとしているのは、明日からまた別々の道を歩んでいくということだけだった。
急に寂しさが込み上げた関羽は無性に曹操を感じたくなった。その滑らかな肌を。温かい体温を。柔らかい唇を。しなやかに動く舌を。快楽へと導いてくれる指を。
今はただ未来のことよりも目の前にいる曹操を、ただ彼女だけを感じていたかった。
「曹操殿……」
熱を帯びた視線に気付いた曹操は、関羽を押し倒し、唇を重ね、囁く。
「夜はまだまだ長いわ。今夜はもう眠らせないわよ」
最後まで目を通してくれた人。応援して下さった方。
本当にありがとうございました。
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遅くなりましたがようやく曹操×関羽話ができました。
これにて恋姫無双はひとまず終了とします。
ですが個性豊かなこのキャラ達が大好きなので、機会があればまたいつか……。