カナンの苦悩の日々


 ある日突然大沢マリアがアルファルドに弟子入りした。
 そしてそれはカナンにとって苦悩の日々の始まりでもあった。

「何故なんだ……」
 カナンは驚愕と憤りを顔や言葉に表していた。
「どうしてマリアの色を追ってきたのにお前がいるんだ!」
 今、カナンの目前にいるのはマリアではなくアルファルドであった。
 最近連絡がなかったマリアと久しぶりに遊ぼうと思って気分よくやってきたカナンにはショックが大きかった。
「さぁ、どうしてだろうな」
 飄々と答えるアルファルドにカナンは苛立ちを覚える。
「何故こんなところにお前がいるんだ!!」
 そこはクラフトショップだった。様々な手芸用品が所狭しと並んでいる。
 カナンはアルファルドをにらみつける。
「お前、マリアに触れただろ!」
「触れた?」
 少し考えてから、
「あぁ、確かに触れたな。いろいろなところに」
 と、カナンを挑発するようににやにやと笑いながらアルファルドは言う。
 それが癇に障ったカナンはアルファルドの胸ぐらを掴む。
「マリアに何かしたのか!?」
「何か、ねぇ……ふふふ」
 アルファルドの思わせぶりな態度にカナンの怒りは更に逆上する。
 手をきつく握りしめ今にも殴りかからんとするカナンをアルファルドは制止する。
「まぁ、待て。ひとつだけ言っておくが大沢マリアは自身の意志で私の許にきたんだぞ」
「マリアが!?」
 信じられない、とばかりにカナンは目を見張る。
「そうだ。それとも私が嘘を言っているとでも思うのか」
 共感覚。その力でカナンは相手が嘘を言っているのかどうか判断できる。 「そんな……。マリアがどうして」
 カナンは力無くアルファルドの胸ぐらから手を放した。
 その時カナンの脳内ではめまぐるしく思考が交錯していた。
 どうしてマリアはアルファルドのところへ行ったんだ。わたしに一切の連絡もなしに。
 ……まさか、怒ってる!?
 夜食にと楽しみにとっていたカボチャプリンを勝手に食べてしまったこと。あれをまだ根に持っているのだろうか。あの時、「カナンのバカ。もう知らない」と言ってマリアの色が青くなるほど怒っていたし。
 それともこの前部屋の掃除を手伝った時に、いらないものだと思って『男子禁制!!少女と少女の純愛コミック』と書かれた季刊発行の雑誌を勝手に廃品回収に出してしまったことを怒っているのか。
 いや、もしかするとあれに気付いたのだろうか。録り溜めてから見ようとマリアが楽しみにしていた三国志の武将達が女の子という設定のアニメのDVDを誤って消してしまったこと。早く言って謝らなければと思っていたのに、ついつい言いそびれてしまった。あぁ、やっぱり早く謝るべきだったんだ。
 カナンは思い悩み、頭を抱えた。
「もうひとつ言っておこう。大沢マリアは今、私の許で楽しくやっていると」
 アルファルドの言葉で考えたくもない最悪の状況がカナンの脳裏をよぎる。
 まさかマリアはわたしに愛想を尽かしてアルファルドのところへ行ってしまったのか……。
「じゃあな」
 アルファルドは立ち尽くすカナンを残し、ピンクの毛糸を手にレジへと向かった。

 この後、カナンがマリアについて悩み続けていたのは言うまでもない話。




つづく




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