リャン・チーの憂鬱な日々 その1


 ある日突然大沢マリアがアルファルドに弟子入りした。
 そしてそれはリャン・チーにとって憂鬱な日々の始まりでもあった。

「肘は真っ直ぐに伸ばす」
 マリアに銃を握らせ、背後に体を密着させるようにしてアルファルドはその扱い方をレクチャーしていた。
「こうですか?」
「力が入りすぎている。もっと肩を楽に」
「こう?」
「そうだ」
 アルファルドはマリアの手を覆うように銃を握ると、トリガーを引いた。
 視線の先にあった缶が弾け飛ぶ。
「すごい、すごーい!当たった!!」
 無邪気に喜ぶマリアにアルファルドも満足げな表情を浮かべる。
 その様子を親指の爪を噛みながら物陰から見ていたリャンが堪えきれず口を挟む。
「姉さま。そんなこと姉さまがわざわざなさらなくても、誰か他の奴にやらせれば」
 マリアから体を離すことなく、アルファルドは顔だけをリャンに向けた。
「構わん。私がやる。なにせ大沢マリアは私の弟子なのだからな」
 私の、というところを強調させてアルファルドは言う。そして更に付け加える。
「だから手とり足とり腰とり、私がじっくり教えてやるさ」
「優しく教えてくださいよぉー」
 甘ったるい声でせがむマリアに、
「もちろんだ」
 と、アルファルドはその瞳を見ながら答える。
「………」
 アゴが外れたかのように開いた口が塞がらなくなっていたリャンが慌てて気を取り直して言う。
「姉さま。では私にも教えてください!!」
「駄目だ」
「何故です?」
「リャン、お前は私の弟子ではないだろう」
「では何です?」
「お前は私の部下だ」
 部下と弟子との違いって何?
 リャンは激しく疑問に感じた。が、敢えてそれは訊かず別の質問を確認するように訊いていた。
「でしたら私は特別な部下、ですよね。姉さま」
 瞳を輝かせ答えを待っているリャンにアルファルドは迷いなくきっぱりと言い放つ。
「いや、違う。カミングスや部下A部下B部下Cと同じ、ただの部下だ。それ以上でもそれ以下でもない。ただの部下だ」
「………」
 タダノブカ。タダノブカ。タダノブカ。
 リャンの頭の中ではアルファルドのその言葉がリフレインしていた。
 カミングスと同等。あまつさえ名前のない部下とも同等……。
 そしてショックのあまりリャンは髪の色が抜け、放心状態に陥った。
 ふとガラスに映る自分の姿が目に入る。
「カナンだ!カナンがいる!!殺せ!殺せ!!」
 リャンはひとり喚いていた。
「さて、今日はこれくらいにして、飯でも食べに行くとするか」
「はい!私もうお腹ぺこぺこ」

 この後、リャンのBB弾使用数が増えたことは言うまでもない話。




つづく




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